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これまで僕の過去 3 度のワルシャワ訪問でまだ足を踏み入れていなかった地区があった --- Warsaw Ghetto (ワルシャワ・ゲットー)
ナツィス・ドイツがポーランドに侵攻し強制的にユダヤ人を追い込んだこのエリアを、戦後 60 年にあたる 2005 年、 歩いてみた。
この地域には、ワルシャワ中心街と異なり殆ど店も見られず、歩いている人の姿もあまりない。上の写真は、蜂起で無残な姿になってしまった建物。当時のまま残されているものはほんのごく僅かだけあるようだ。ただ付近はそれでも徐々に開発が行われているようで、建設中のヒルトンがあった。完成予定図も貼ってあったがかなりの高層ビル…。
そして、さらに歩くと Muzeum Powstania Warszawskiego (ワルシャワ蜂起博物館) 。1944 年 8 月 1 日のワルシャワ蜂起からちょうど 60 年目の 2004 年 8 月 1 日にオープンしたばかりのこの博物館に入ってみた。3 フロアあり、ワルシャワ蜂起に関するあらゆるものが収められていた。そして驚くほど刻銘な 63 日間の記録。
   
破壊された尽くされ廃墟の砂漠と化したワルシャワ
当時のポーランド兵士の軍服。真ん中は救急袋を肩にかけた女性。
戦渦の中を奇跡的 に生き延びたピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの写真もあった。
     
ワルシャワ旧市街で見つけたあの少年蜂起兵の像がここにも収められていた。こんなに幼い少年がナツィスに抵抗するため銃を持っている姿がたまらない気持ちになった。
館内では貴重なドキュメンタリー映像も流され当時の様子を窺い知ることが出来た。
ヴィスワ川の畔で見たあの人魚と同じものがこの博物館にもあった。ただサイズは小さめ。この人魚像のモデルとなっている女性はポーランドの詩人らしいが、彼女もまた1944年のワルシャワ蜂起で命を失ってしまった。
 
 
2時間は居ただろうか。全て見終わり外に出ると博物館のゲート近くの広告塔に貼られた沢山の絵に気づいた。全てポーランドの小学生が描いたワルシャワ蜂起の様子のもの。
ポーランド人兵士や 治療にあたるポーランド人女性看護士、そして焼け野原

Never, ever again.
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