About
Travelogs
Home
Poland_Chopin
Chicago

Travelogues

アッシジ、ウンブリア、イタリア

Rocca Maggiore 大城塞への通り付近にある Cattedrale (Duomo) di San Rufino 聖ルフィーノ聖堂。ここで、聖フランチェスコと聖女キアラは、ここで洗礼を受けた。

聖堂の正面は、3 つの美しいバラ窓があった。

聖フランチェスコが説教を最初に行ったのは、この教会においてらしい。

Cattedrale (Duomo) di San Rufino 聖ルフィーノ聖堂の完成は、1228年だが、元々11 世紀に建てられていた教会のあったところに建てられている。この聖堂を入ってすぐのところは、床が透明ガラスになっていて、11 世紀当時にあった教会の瓦礫が見られるようにしてあった。

 

Eremo delle Carceri カルチェリの庵からアッシジの町の中心に戻り、Chiesa Nuovo ヌオーヴァ教会(新教会)に行った。その名( "新" )に反し、1615年完成。ここは元々は、聖フランチェスコが生まれた場所で、そこにこの教会が建設されたらしい。

この教会に使われている石は、Cattedrale (Duomo) di San Rufino 聖ルフィーノ聖堂から運ばれたもので、道理でいずれもピンクと白。

Basilica di San Francesco 聖フランチェスコ大聖堂や、Basilica di Santa Chiara 聖女キアラ聖堂と比較すると、この教会の祭壇のこじんまりとはしていたが、聖フランチェスコは、まさにここで生まれたかと思うと感慨深かった。

富裕な家庭に生まれたフランチェスコは、何不自由無く育ち、彼の両親も家業を継ぐと思っていたにもかかわらず、神の声を聞き、世俗を捨て修道生活に入ろうとするフランチェスコを何とか思い留まらせようと、父はフランチェスコを鎖でつないだが、母はフランチェスコを放してあげ、フランチェスコは着ていた衣服を捨て、家を出て行ってしまった。

ヌオーヴァ教会前の広場に立つこの像は、まさにそれを物語る聖フランチェスコの両親の像。向かって左が母 Mona Pica Bernardone で、手には鎖を持っている。右は父 Pietro di Bernardone で、フランチェスコが脱ぎ捨てて行った衣服を腕に掛けている。

 

ホテルに帰る途中、近くの教会に寄ってみた。

Chiesa di Santa Maria Maggiore 聖マリア教会という名で、アッシジで最古の教会とわかった。教会正面は簡素で、1163 と表記があった。

内部に入ってみると、アッシジでこれまで見てきたの聖堂や教会に比べ、身廊も後陣もとてもシンプルだった。

祭壇に進み、十字架のキリストを見上げ、祈りを捧げた。
 
 
 
  Chiesa di Santa Maria Maggiore 聖マリア教会のすぐ隣には、司教が住んでいた聖公会邸があり、その前には聖フランチェスコの像があった。この像、どこかで目にしたと思えば、聖ルフィーノ聖堂で見たものと同じものだった。  
 

© Copyright 2002-2021 Sage. All rights reserved. Wszelkie prawa zastrzezone.